• 観光や食べ物など趣味を中心としたblogです

【心理学の雑学】傍観者効果で集団に陥りがちな行動を学ぶ

社会心理学の分野として興味深い研究がされている

傍観者効果について

ある事件に対して、自分以外に傍観者がいる時に率先して行動を起こさない心理のことを示している。傍観者が多いほど効果が高まる傾向があり、集団心理の重要な研究として考えられている。

雑学・ランキングのページへ

いじめは見ていた人間も同罪だと言う前に知っておくべき心理学の考え方

『ミステリと言う勿れ』で日本ではいじめ被害者のカウンセリングが中心でいじめをした人間の方が精神的に病気だからカウンセリングをしなければならないというセリフがあるが正直驚いた。確かに、1人の人間をイジメて苦しんでいる姿を見て楽しんでいる段階で精神的な何かで問題があることが明らかである。それにも関わらず、いじめた人間はカウンセリングを受けずに精神的な問題を抱えたまま生活するから同じことを繰り返すのかもしれない(
本質的な解決がされないままである)。同様に、心理学の分野から感情論を抜いて物事を考えたい。

2006年に滋賀電車内駅構内連続強姦事件(当時はサンダーバード事件)が発生した。電車に乗っていた女性が隣に座ってきた男性によりトイレに連れていかれ婦女暴行された事件である。問題となったのは、他にも乗客がいたにも関わらずに誰も車掌にも言いに行かなかったことである。この事件が発生後に、「見て見ぬふりを決め込むな」(毎日新聞社説)、「信じられない卑劣さ。日本人のモラルは地に堕ちたのではないか」とニュースは断罪され、テレビのコメンテーターは「携帯電話やITの進歩のせいでなど人間の心を失った」と批判していた。感情に任せて批判してしまうのは仕方がないが、物事の本質を覆い隠してしまう。実は、この様な事件は初めてでなく昔から存在したのである。それは、1964年のキティ・ジェノヴィーズ事件である。

キティ・ジェノヴィーズ事件から傍観者効果を学ぶ

キティ・ジェノヴィーズ事件は1964年にニューヨークで発生した殺害事件である。そのため、上述の事件を時代のせいや国民性として批判できないことがわかる。

事件の内容は、深夜に自宅アパート前でキティ・ジェノヴィーズが暴漢に襲われた際に、叫び声の付近には住民が38人おり事件に気づいた(深夜中であるため実際には気が付いていない可能性もある)。1人の住人が窓を開け、ジェノヴィーズを離すよう怒鳴ったため1度は引き返したが窓の明かりが消えると再びジェノヴィーズを襲い刺した。その後、犯人は車で立ち去ったが再び戻ってきて致命傷を負わせた。その後、アパートの男性が警察に通報したが、すでにジェノヴィーズは亡くなっていた。当時は都会人の冷淡さとしてこの事件を大々的に報道され、2015年にはドキュメンタリー映画『38人の沈黙する目撃者』が公開された。

この事件からも時代や地域が原因と単純に考えてはいけないのはわかる。この事件後に心理学者のラタネとダーリーにより1968年に実験がされた。学生を2名、3名、6名のグループにわけて、相手の様子が分からないようにマイクとインターフォンのある個室にそれぞれ一人ずつ通す。その後グループ討議を行わせ、1人が途中で発作を起こす演技をした。結果、学生2名の場合は全員行動をおこしたのに対して6名の場合は38%の人しか行動をしなかった。

このことから「多くの人が気づいたからこそ、誰も行動を起こさなかった」という傍観者効果を導き出した。例えば、誰もいない場所で1人でいるときに小さな子供が泣いていたら率先して助ける人は多いのではないでしょうか…。一方で、人が大勢いる場所で小さな子供が泣いていたら率先して助けますか?そのような場合に人が群がって助けている姿は見たことないでしょう。同様に、もしホームレスが目の前で倒れたらどうしますか1人なら助けるでしょう…一方で多くの人がいたら助けますか?おそらく様子を見てしまう人が多いのではないでしょうか。

このことから、いじめの問題でも「なぜ誰も止めなかった」「なぜ誰も言わなかった」と疑問の声があがりますが傍観者効果が発生していると考えることができます。まず、このことを知ってから物事を考える方が良いでしょう。そうでないと、精神論や気持ちばかり優先され物事の解決ができなくなります。

傍観者効果が悪いことにならないように

傍観者効果が起きる要因には3つの段階があります。①責任の分散・②多元的無知・③評価懸念である。

①責任分散に関しては、人は重大な責任負うような決断を回避して、他の人が行動することを期待してしまうことがあります。個人主義と言われるアメリカでさえ、この様な行動に出るのだから集団主義の日本では特に顕著になるかもしれません。実際に、管理職になることを嫌う人が増えているのも事実です。誰もが責任を負いたくないとこにあります。例えば、高校時代など文化祭でクラスの企画を積極的に提案した人は多かったですか?ほとんどのクラスメイトは誰かに任せっぱなしで案を出さなかったでしょう。実際に、社会でも企画案には文句を言うが代案を出さない人は多くないですか?この様に自分の行動から何か責任を負うことを避けたがる傾向があります。

②多元的無知は、単純に物事の緊急性がないと誤って判断する場合です。例えば、いじめ問題などいじめられている側は深刻なストレスを感じていながら誰も何も言わないことから多くのクラスメイトは大した問題ではないと判断してしまいます。もし、未来を見る力がありいじめられていた子が自殺してしまうと知っているなら流石に止めるでしょう。そのためキティ・ジェノヴィーズ事件でも38人の住人全員が事件が起きていると認識していませんでした。

③評価懸念は行動を起こした際にネガティブな評価になることを恐れるからです。いじめ問題で言えば、いじめを止めようとしたら自分が標的になるのではないかと不安があります。あるいは、暴行事件の際にも自分が逆に襲われるのではないかと考えてしまいます。もし、あなたが泥酔して暴れている人がいたら止めに入りますか?店員にクレームを言っている人を見たら止めに入りますか?この様に自分の身に何か悪いことが起きることを恐れるのは仕方がないことです。

以上のような性質を人間は持っていると理解しておかないと感情論ばかりになります。ただし、もし困っている人を助けられなかったら居心地悪くなりませんか?目の前に老人が立っている状態で電車の椅子に座っていて嫌な気分になりませんか?誰かを助けることも人間の本質にあり、それをしないことも不快に感じます。そういった性質があることを理解しながら援助行動についても知っておくと良いでしょう。

もっとも、環境問題が大事と言いながら車に乗ったりする(*環境問題だけでなく事故による死亡者は殺人事件の比にならない多さ)など傍観者効果は色々な場面に存在していることを知っておきましょう。

雑学・ランキングのページへ

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。