子どもの数が減少傾向にある中で小中学校での不登校生徒の数が20万人を超えており、年々増加傾向にある。ただ、世間の評価は無理に学校に行かせなくても良いのではないか、学び方は色々ある等、決して危機感があるわけではない。では、この現状にどの様な問題が生じるのか?
不登校の原因は様々だが根本的な分け方が必要
まず、不登校生徒が「なぜ学校に通えないのか」という原因を突き詰めるのは非常に難しい。また、学校に通えるようになるきっかけも決定的な理由は少ない。そのため、教員は不登校生徒を学校に通えるようにしようとしても徒労に終わるだけのケースも多い。実際に、理由なく学校に通えない生徒と対面すれば、どうすれば通えるのか答えがまったくでないことの方が多い。ただ、重要になってくるのは、「学校に通えない不登校」と「学校に通わないことを選択した不登校」である。前者の方は、専門機関と連携をしながら対応していくことが望ましい(*実際には担任が抱え込んでしまっている場合が多いが)。しかし、後者に関しては保護者も含めて選択する点が不登校生徒増加の要因かもしれない。
確かに、保護者からすれば学校に通うことを嫌がる子どもとの苦労は担任以上に負担が重くなるだろう。そのため、子どもとの言い争いが絶えなくなり家庭内での空気が悪くなるケースもある。そのため、無理に学校に通うわせない方針にした所、親子関係が改善したため無理に学校に行かせない方が良いと考えるケースがある。しかし、最近は安易に学校に通わせないことを選択しすぎてはいないでしょうか?そして、世論が学校に無理していく必要にないと考えすぎていないでしょうか?
問題となるのは支援が必要な「学校に通えない不登校生徒」に対して、「学校に通わないことを選択した不登校生徒」のために十分なフォローができない点です。そして、同時に「学校に通っている生徒」に対して放ったらかしになっている点です。
ある先生が自慢げに「手のかかる生徒(問題行動など)」を何度も何度も話して学校に通えるようにしたと言っているケースがいます。でも、教員経験者ならわかりますが、その子に手をかけている分は「手のかからない生徒」には何もできていないケースがあります。どちらが、正しいかはわかりません。ただ、人手不足の中で不登校生徒の増加は教員の負担が増加するだけで教育の質を下げる可能性があります。
例えば、欠席が増え始めた生徒の朝礼後に、電話連絡、様子の確認、授業内容のプリント・課題集め、保護者との方針の相談(場合によっては専門機関と)、学年主任や管理職の報告書作成(随時)など休みだから放置するわけではありません。そのため、教員の負担を減らして、本当に支援が必要な不登校生徒の手厚い支援をするべきです。だからこそ、不登校生徒の増加に危機感を抱かない人が多い点も気になります。
高校などで学力が低いとされる場所では、面談をしていけば小学校や中学校で不登校を経験していた生徒の多さに驚きます(*年度によって違うが、半数以上が不登校経験ありの場合もある)。そのため、不登校生徒は学校に通えないだけでなく、勉強自体も疎かになっている場合があります。この点に違和感を感じます。学校に通えないから不登校ではなく、勉強するのが嫌だから不登校になったケースもあります。もちろん、家で勉強している場合もあるのですが、勉強時間が不十分な場合が多くあります。例えば、不登校傾向があり生徒に「家で何時間勉強したの?」と質問したところ「1~2時間」と答えることがあります。そのため、保護者からすれば「子どもは勉強した」になりますが、他の子ども達が「6時間授業を受けているのに対して不足している」になります。正直、不登校になった子どもを保護者がしっかりと学習面でサポートするのは難しいのではないでしょうか?結局は、子ども任せになる点も多くなるので学習面での不安は残ります。もし、学校に通わないことを選択するなら、学校に通っているのと同程度の勉強(学習環境も含めて)を面倒見る覚悟はいるかもしれません。でも、それをできる保護者はどれくらいいるでしょうか?
そのため、子どもの中には学校に通うわなくても家に居れるなら楽だと考える場合もあります。ただし、この選択が成長面で必ずしもプラスとは言えない場合もあるから注意が必要です。
学校に通うわないことのリスクを学習面だけを強調するケースがありますが、それを間違いとは決して否定できません。たとえ、高校生から学校に通うことができたとしても基礎学力が不足している点は間違いありません。もちろん、推薦入試などで進学する場合は問題ありませんが、一般選抜入試で学力試験がいる場合に大きなハンデを背負っていることがあります。そのため、学習面の遅れはあることは前提にしておく必要があります。
それ以上に問題なるのは、①人間関係の構築、②自己コントロールする力、の2点になります。まず、①の人間関係の構築では同年代の子どもたちは学校に通っていることから日常的に接する人は親や祖父母などが多いでしょう。そのため、親の理解による不登校の場合は子どもと一緒にいる時間が増えることから親子関係が好転するケースもあります(*一方で親への依存度が高まる場合もある)。確かに、学校は社会の縮図でもあるので良い人もいれば嫌な人もいます。楽しいことばかりでもありません。辛く嫌なことや理不尽なこともあります。でも、多くの子どもたちは、その様な場所で居場所をつくっていきます。そのため、基本的に受け入れてくれる人の側だけで生活するのは一見すれば居心地よく感じてしまいます。ただ、「いつまで?」という疑問は付きまとうかもしれません。
②は自己コントロールの問題です。要は、社会で生活するためには自分を律する方法を見つける必要があります。例えば、人が話している時は私語をしない、時間に遅れない、協力して何かをしている時は自分も役割を果たす等、わかりやすい行動からわかりにくい行動まで多くあります。そのため、どれが教育的に効果があったかわかりませんが、でも一通り経験することが大事です。実際に、提出期限を守らない生徒は高校生になっても重要な書類の提出期限を守らないことがあります(*実際に、大学進学時や就職採用時に必要書類を送っていないケースが発覚することはある)。その点を指導すると何が悪い?という表情で納得していないケースがあります。
高校までのどこかの時期に不登校になりながらも、何かがきっかけで通常の生活に戻っている子どもも沢山います。そのため、実際には何が正解かはわかりません。ただ、本当に支援が必要な子供に手厚い支援がいくためにも、まず安易に学校に行かないを選択しない方が良いかもしれません。そして、不登校生徒になった場合は子供を放置するのではなく、専門機関に相談する、勉強は学校並みにさせる(*授業の時間は全て勉強にする)、勉強以外にお手伝いなどをさせる等の仕事は必要かもしれません。
ただ、不登校生徒を何とかすることは課題でもあるにも関わらずに、焦らない世間の声を聞けばさらに増えていくかもしれません。