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辺野古沖転覆事件から浮かび上がる問題点

辺野古沖転覆事件

■ はじめに

沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し同志社国際高校の2年生の女子生徒ら2人が死亡した痛ましい事故がおきてたが、事件解決への進捗が遅く報道姿勢も批判されている。その中で文部科学省が平和学習の平時的中立を求めたことで、「教員や平和学習への不当な政治介入である」と反発する声明がおきている。ただ、ここに浮かび上がる問題点を考えてみたい。

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■ 事故ではなく事件

まず、辺野古沖転覆事件は起きるべきして起こったことだと感じる。日頃から海上保安庁の巡視船から逃げる行動をしていたり、抗議活動している場所も不法占拠になるだろうし、人を乗せて船を運用する安全義務も果たしていない。そのため、非合法的に高校生を船に乗せているのだから事故というより事件といえる。言い換えるなら、その様な船に乗せた同志社国際高校の危機管理能力の欠如と旅行会社もリスクを知っておきながら見て見ぬ振りをした問題がある。もし、事故が発生した際に誰が損害賠償を支払うのか決めていなかったのだろうか?

以上のことを考えれば、高校生が亡くなっていることを考慮すれば、文部科学省が厳しく批判するのは当然だろうし、政治的中立を求めるのも当然だろう(*今まで見て見ぬ振りをしてきたのだろうが)。そして、事故を起こした後の会見を考えれば徹底的に批判されても仕方がないことである。むしろ、多くの企業や個人が浮気などの個人的な問題から重大でない犯罪などで世間から謝罪に追い込まれ活動自粛や廃業にまで至っている。そのため、今回の件では志望者が出ている以上は誰も擁護できないはずが、驚くことに文科省の発言を批判している団体がある。

不健全な状態で高校生を事故死させられたはずなのに、教職員組合などが文部科学省の政治的中立を要求する声明に「教員や平和学習への不当な政治介入である」と反発している。もし、身内や担任であったらもっと前に政治的中立を文科省が強く言っていれば亡くならずに済んだと悔しい気持ちになるだろう。そのため、今回の件で反発すればするほど、一般人の感覚からすれば「被害者の気持ちが解らない存在」に感じてしまう。結果として、平和学習に関して定番のコース以外は「受け入れられない思想を持っているかもしれない」と考えてしまう。結果として、平和学習に触れない方が良いと感じてします。そもそも、間違ったことをして誰かを傷つけたなら批判を真摯に受けとめるべきである。中途半端な擁護や批判は余計に問題行動を際立たせることになってしまう

結果として、メディアの扱い方、抗議団体のあり方(*最近は過激なものが多い)など被害者家族からすれば大変だったのではないでしょうか?どちらにせ、何もかもが違和感だらけの事件のため、高校生が亡くなった事件としてしっかりと取り扱って欲しいものです。

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