文部科学省が推進する社会に開かれた教育課程の基盤として、学校を地域社会や家庭に開放して相互に連携や協力しながら子ども達の育成をはかることである。その一方で、本当に開かれた学校になっているのか疑問点を感じる。何が問題点があるかを考えてみたい。
開かれた学校を目指していると言いながら、実際に学校の本当の姿は外から分かりにくい状態にある。もちろん、PTAに参加していれば関与できる機会も多いかもしれない。しかし、それ以外の多くは学校の本当の姿を知ることは難しい。
例えば、学校施設を利用するにしても基本的には特定の団体や組織が使用しているので個人的に利用するのは難しい。もちろん、市民体育館ではないので個人が気軽に利用することは難しいのはわかる。それなら、特定の団体や組織ばかり利用しても開かれた学校にはならないように感じる。また、ボランティアで関わる人もいるし、地域のお祭りに部活動を参加させることもある。ただ、どれをとっても開かれていると感じるのは一部の人たちで、その他多くの人は学校があるのはわかるけど、選挙の時にしか行かない閉ざされた空間でしかない。
では、本当に開かれた学校とは何だろうか?それは、学校の本当の姿を知れる機会があるかどうかである。例えば、高校などでは情報公開により学校経営計画、学校評価報告、学校教育自己診断などが行われているが各校バラバラの内容なので都合の良い情報だけを掲載することも可能である。教職員や保護者(生徒)などのアンケートなど基本は肯定的な意見が多くて当たり前なので眉唾物のである。むしろ否定の意見が多いのは本当に不味い状態に感じる。それでは、実際に欲しい情報は以下の内容である。
上記の内容を数値としてしっかりと公開しても良いのではないでしょうか?オープンスクールなどで説明を聞いても良い点しかアピールしないでしょうし、生徒が落ち着いているのかどうかも気にる点です。そのため、情報公開をするようにしているなら、記載するべき統一的な項目をしっかりと決めて公表すれば良いのではないでしょうか?すでに、学校経営計画などでは各分掌から目標と結果を数値化している場合がありますが、各校項目がバラバラなのでわかりづらい点もあるだけでなく、計画を達成するためだけに形だけの取り組みもあるでしょう。
開かれた学校というのは、学校関係者以外であっても学校の姿が調べればわかる状態のことではないでしょうか?多様化を主張するなら誰もがPTA活動や地域活動に参加しない自由もあります。そのため、その様な人は知らないと言えば、開かれた学校にはなりません。もっとも、ICT教育をしているならオンライン上でいつでも授業参観可能(*子どものプライバシーの問題はあるけど)などICTをもっと活用すべきことはあると思います。
ただ、数値は誤魔化すこともできない分だけ言い訳ができないため都合が悪い場合があります。遅刻や欠席数、自習の回数など公表したくないことも多いでしょう。その一方で、アンケート頼りの達成確認や目標のために生徒を促す(*オープンキャンパスの参加数を目標にすると夏休みの課題で取り組ませる)などノルマありきの内容になっています。それをどの様に達成したかわからないためPDCAのPとCだけ確認できる程度です。それなら、無理して開かれた学校を目指さなくても良いのではと思います。