
はじめに
文部科学省は、次期学習指導要領を議論する中央教育審議会で人工知能(AI)やSNSの普及を踏まえ小説を重視して人の心をわかるようにする方向を出した。しかし、それより文科省が取り組まなくてはいけない課題があるのではないか?
多文化共生による教育格差を防ぐ
外国人住民の数が増加する中で、小中学校であれば1つの学校に多くの多国籍の子どもが在籍することになる。そのため、児童の約4割が外国籍(もしくはルーツ)の生徒になっている学校ある。ここで問題となるのは、外国籍であっても日本語が問題なく話せて理解できるなら問題はないだろう。ただ、約4割になると日本語が出来ない子どももいるだろう。そこで問題となってくるのは授業の質である。
日本人も外国籍の子ども(*日本語が得意ではない)の両者に教育的格差が生まれてしまう。まず、日本人の子どもからすれば外国籍の子どもが多ければ授業自体の質を確保できるとは言えない。なぜなら、難しい表現や日本語の感性にある箇所を伝えることが難しい。そのため、どうしても限られた語彙しか使用できないことがある。もちろん、多国籍の子どもが多い学校では異文化理解が出来て価値観を広げれるかもしれないが、それを望んで学校に通っているわけではない点である。実際に、帰国子女も外国語が話せて素晴らしいと言いながらも母語も外国語も中途半端になっているケースがある。そのため、小中学校で言葉の基礎をしっかりと固めたい時期に国語力を伸ばせないのは辛い。一方で、外国籍の子どもも早い段階で日本語を理解できる関係にしなければ学習効果は乏しくなる。以前、外国籍の高校生のためにテストではフリガナをつけて欲しいと依頼されたが、フリガナがないと理解できないなら授業の説明など理解できるはずがない。これが1人や2人であれば対応もできるかもしれないが、約4割では一体どのような授業になるのか想像できない。そのため、多文化共生社会になるなら外国籍の子ども(日本語が苦手)にどの様にサポートするかが重要である。
高校生の段階で小説を理解させようとする点が的外れである。いかに小学生の間に読む力・書く力・聞く力を伸ばせるかが重要である。ただ、現状は外国籍の子どもが少ない学校でも国語力は低下を続けている。漫画でさえ読むことができない子どもが増えている。このままいけば、一体どうなってしまうのか?
ただ、今すぐできるのは日本語を話せるようなサポート体制をひくべきである。それがオンラインを活用するのか現場に頼るかはわからないが、今の課題はそこではないでしょうか?