はじめに
高校入試対策として小テストを掲載しています。ランダムの問題となっているので1つ1つの問題に取り組みながら完成をしていきましょう。
■ 問題
(1) 紀元前3世紀頃に中国の統一を実現した人物を答えなさい
(2) 7世紀に中東でイスラーム教を開いた人物は誰か答えなさい
(3) 239年に魏に使者を送った邪馬台国の王は誰か答えなさい
(4) 推古天皇の摂政として蘇我馬子とともに政治を行った人物は誰か答えなさい
(5) 710年に唐の長安に倣って造営された都を答えなさい
(6) 平清盛が貿易を行った中国の国名を答えなさい
(7) 1185年に源頼朝は全国に設置を認めさせたものは何か答えなさい
(8) 鎌倉時代に将軍の代わりに政治を行った北条氏が受け継いだ役職は何か答えなさい
(9) 戦国大名が領地に独自の法をつくったが、これらの法を何というか答えなさい
(10) 1549年に鹿児島に来航し、キリスト教を伝えた人物は誰か答えなさい
(11) 江戸時代に武家諸法度で参勤交代を制度化した人物は誰か答えなさい
(12) 江戸時代の鎖国の完成は1639年にどこの国の来航を禁止したからか答えなさい
(13) 1792年に根室に来航したロシア人は誰か答えなさい
(14) 以下の出来事を時代順に並び変えなさい
①武家諸法度 ②御成敗式目 ③大宝律令 ④憲法十七条
(15) 以下の出来事を時代順に並び変えなさい
①目安箱の設置 ②上知令 ③生類憐みの令 ④寛政異学の禁
■ 解答
(1) 始皇帝
(2) ムハンマド
(3) 卑弥呼
(4) 聖徳太子
(5) 平城京
(6) 宋
(7) 守護・地頭
(8) 執権
(9) 分国法
(10) フランシスコ=ザビエル
(11) 徳川家光
(12) ポルトガル
(13) ラクスマン
(14) ④→③→②→①
(15) ③→①→④→②
■ 解説
■(1)中国を統一したのは始皇帝になります。これは必須の内容でありますし、人気漫画の『キングダム』がこの時代のことを描いています。また、始皇帝は北方民族の侵入を防ぐ目的で長城(万里の長城)を築いています。ただ、皆さんがイメージする万里の長城は明の時代につくられています。
■(2)中東でアッラーの預言者としてイスラーム教の布教活動を始めたのはムハンマドになります。イスラーム教は聖都をメッカとしており、メッカの方角に向かって祈りをする特徴があります。
■(3)239年に邪馬台国の女王として魏に使者を送ったのは卑弥呼になります。邪馬台国の場所は九州説と近畿説がありますが未だに確定はしていません。卑弥呼は呪術によって国を治めてはいました。
■(4)推古天皇を補佐するために摂政となったのは聖徳太子になります。憲法十七条(十七条憲法)、冠位十二階、遣隋使の派遣など多くのことに関与している一方で、実在したかどうか疑問視される声もあります。それは蘇我馬子の功績をわからなくするためと言われています。
■(5)710年に奈良に遷都されたのが平城京になります。中国の都市制度にならい条坊制と呼ばれる碁盤の目の街づくりをします。中央に朱雀大路をつくり左京と右京に分かれているのは特徴です。これは、平安京も同じですが、平城京の場合は外京があるのが特徴です。
■(6)平清盛が貿易していたのは宋であり、日宋貿易と呼ばれています。室町時代の日明貿易(勘合貿易)と混ざるので注意してください。平清盛は航海の安全を祈願して厳島神社を建てたことも有名です。
■(7)1185年に源頼朝は後白河法皇に認めさせ全国に守護と地頭を設置したことで実質的に鎌倉幕府ができあがったと考えられます。この流れを整理する必要がありますが、1185年に源義経(*頼朝の弟)の活躍によって壇ノ浦の戦いで平氏を滅亡させる。ただ、頼朝に冷遇されていた源義経は評価されずに、むしろ後白河法皇が与えた官位(判官)を与えられたことを理由に追討される。それを間一髪で逃れた源義経を捕えるために後白河法皇に対して圧力をかけ全国に守護と地頭を設置を認めさせます。そのため、鎌倉時代の主語は謀反人逮捕・殺害人逮捕・大番催促が仕事であり地頭と兼務している状態でした。ちなみに、源義経(少年~青年期に育った)は奥州藤原氏に逃れることに成功しますが、ここでも頼朝の圧力を受け、代替わりをきっかけに奥州藤原氏によって討たれます。ただ、散々圧力をかけておきながら義経を討ったことで頼朝は奥州藤原氏を平定します。
取り扱い400種類以上のドメイン取得サービス─ムームードメイン─■(8)鎌倉幕府は源氏の将軍は3代で滅びます。ただ、3代で滅ぶ前から北条氏が執権として実質的に将軍の代わりに政治を行っていました。そして、源氏の将軍が滅んだ後に皇族将軍を要求したことから朝廷との関係が悪化して承久の乱が発生しています。
■(9)戦国大名は独自の法律をつくっていますが、それが分国法になります。喧嘩両成敗などが書かれた内容になっています
■(10)1549年に鹿児島に来日したのがイエズス会のフランシスコ=ザビエルになります。これによってキリスト教が日本に伝来をしたことになります。1543年の種子島に鉄砲が伝来した方が早いので注意しましょう。ちなみに、当時のヨーロッパはルターによる宗教改革によってカトリックは新たな不況先を探す必要がありました。そのため、大航海時代でアジア方面や南北アメリカ大陸方面に宣教師も多く布教活動を求めて移動しています。
■(11)江戸幕府の3代目将軍である徳川家光は参勤交代の制度化に成功します。参勤交代は1年間の江戸在府と1年間の自領で過ごすことになるため、移動費や滞在費が膨大にかかります。特に、外様大名は江戸から遠くに配置されたことで費用負担が大きいため反乱を未然に防ぐ狙いがありました。ただ、各藩は莫大な借金を背負うことになります。その一方で、街道が整備されたことで物流が発展します。
■(12)1639年のポルトガル船の来航が禁止されたことで鎖国が完成をします。ただ、清・オランダ・琉球・朝鮮・アイヌとの交易はしています。また、1624年に来航が禁止されたスペインと混ざるので注意しましょう。ポルトガルとスペインはカトリックの国であるため布教目的に対してオランダは貿易目的のために鎖国後も継続して付き合いがありました。
■(13)外国船の接近では1番早いのがロシアのラクスマンが根室に来航したのが始まりです。船が遭難して大陸側で捕まった伊勢の商人と女王の親書をもって通商を要求します。ただ、この時は問題を後回しにします。
■(14)時代並びは定番ですが、
大雑把に、飛鳥時代(飛鳥文化)→古代国家(白鳳文化)→鎌倉時代→江戸時代でもよいのですが、正確に内容を理解している方が良いので余裕があれば覚えていきましょう。
■(15)
江戸時代の三大改革は定番であり、言葉と内容を一致させならが時代順もしっかりと覚えましょう。これに新井白石(頻度は少ない)や田沼意次(頻度が多い)も加わります。