
全国的に皆勤賞の取り組みを辞める学校が増えている。皆勤賞のために無理に学校に行くことがあるためである。そこに、価値観の多様性により皆勤賞自体は昭和の産物のように扱われている。では、この動きに対する問題点は何かを考えてみよう
発熱や体調不良などでも無理して学校に行く必要はありません。だからと言って、学校を遅刻も欠席もせずに毎日通った生徒を評価しないことは間違いではないでしょうか?
もちろん、病気になりにくい生徒はいるかもしれません。ただ、病気にならないように普段から自然と気にかけているから体調不良になりにくいとも言えます。例えば、偏食で栄養バランスが偏った食事ばかりとっている(野菜を食べない)、高カロリーの飲み物やお菓子ばかり食べる、夜更かしなどで睡眠時間が十分ではない、咳が出ていてもマスクもしなければ手で押さえない(それどころか飲み物の回し飲みもする)、手洗いやうがいをしない(清潔ではない)など病気になるにはそれ相応の原因がある場合があります。そのため、本人が意識せずに子どもの頃からの習慣ではあっても病気にならない様に取り組んでいます。この体調不良にならないように社会人は自己管理するのが当たり前であるから(最近は僧でもないですが)、自己管理できている生徒を評価することは大事ではないでしょうか?
皆勤賞がなくなる傾向にあるのは、平気で遅刻や欠席をする生徒が増えているからではないでしょうか。よく議論される内容に「家族旅行のために学校を休むことはあり?」が議論されるように、以前なら学校優先でしたが、最近は価値観の多様性などを理由に「自己責任であり」と考える人が増えています。だから、皆勤賞は必要ないのでしょうか?学校で勉強している間に遊びに行っているクラスメイトがいて「人は人、自分は自分」と割り切れる学生がいるでしょうか?私なら羨ましいと感じるし、なぜうちの家はダメなのとも感じます。そのため、体調不良で無理に学校に通って皆勤賞をとるのではなく、普通の学校生活を送った結果として皆勤賞をとれたなら素直に褒めるべきではないでしょうか?
価値観の多様性などで皆勤賞の評価が下がっていますが、学校の世界しか通用しない大人にしたいのでしょうか?
もし、あなたが小規模の会社の経営者であり、同じ能力の2人のうちで1人だけを採用する場合に、敢えて休みが多い人を採用しますか?また、同僚が頻繁に休むことがあった場合に仕方がないと割り切れますか?もちろん、突発的な病気に対してフォローするのは当然です。ただ、毎月欠席や遅刻をしてくる社員のために+αの仕事を心地よくする人はいるでしょうか?余剰人員がいるような大規模な企業であれば社員の1人が休んでも何も問題ないかもしれません。しかし、規模が小さくなればなるほど問題が生まれます。もし、学校の先生が週1回の授業を授業がある曜日に有休を毎回使用すれば、ほぼ1年間の授業は自習で終わります。法的に認められた権利ですが、それでは仕方がないと思う人はいないでしょう。そのため、会社を休むことは昔より許容度が広くなったが、それでも常識的な範囲での休み方が求められています。もちろん、有給により計画的に休むのではなく、突発的な休みに対する許容度になります。ただし、育児関連であれば納得する従業員も多いはずです。そのため、皆勤賞を評価しないことは安易に欠席することに対してハードルを下げていることも意味します。結果として、欠席連絡の体調不良は寝不足により体調が悪い(眠たい・起きない)だけのケースもあります。結果として、簡単に欠席や遅刻する生徒を増やしているように感じます。
また、休み癖がついた生徒は、本当に休みながらでないと学校に通えない・働けない人たちの必要な支援の領域に侵入しているかもしれません。本当に事情を考慮しなくてはいけない人を助けられない可能性があります。そもそも、事情があるのか怠けなのか判断することが難しいからです。たとえ、怠けでも病院に行けば何かの診断がおりるかもしれません。そのため一緒にされる可能性があります。
ただ、皆勤賞を表彰するだけなら失くす必要はないのではないでしょうか?それなら、全ての表彰を失くしても良いと思うし、有給を消化しきれていない大人の判断で皆勤賞を失くするの間違いでしょう。少なくとも、毎日繰り返しながらも頑張った人を評価することの問題はないでしょう。たとえ、皆勤賞をとれなくても欠席日数・遅刻数が少ない生徒は評価して欲しい所です。