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平和学習の必要性を再考~辺野古沖転覆事件から考える~

修学旅行での平和学習が必要か?

はじめに

辺野古沖転覆事件により同志社国際高校在籍の生徒が亡くなってしまったが、事故後の対応の悪さなど問題が多すぎる。この事件に関しては学校の発表も一転に転しており情報の信頼性が乏しいことから議論しづらいが、そもそも修学旅行で平和学習が本当に必要かを考えてみたい。

中学生や高校生に「広島に原子爆弾が投下されたのは何年の何月何日?」「広島に原子爆弾が投下されたのは何年の何月何日?」「終戦記念日は何月何日?」と質問しても答えられる生徒の方が少なくなっています。そもそも、これらは一般教養だと思っていましたが現在ではそれが通じません。それにも関わらずに広島の資料館か沖縄で平和学習を経験している生徒が多いことを考えると、何のために平和学習をしているのかりません。

そもそも、平和学習で重要なことは偏った内容を学び過ぎないことです。戦争の悲惨さを伝えることはわかります。確かに、原爆や沖縄戦などの惨禍を知ることだけでも戦争の恐怖を感じることができるので大事かもしれません。しかし、ふと気づけば「広島に比べて長崎の情報が少ない」や「東京大空襲や大阪大空襲を学んでいない」や「各地での玉砕や被害を知らない」など情報が偏っています。自分たちが小学校の頃は毎年戦争関連の映像が全校集会などで放映されていましたが、記憶が曖昧な作品もありますが小学1年生「ピカドン」(*曖昧です)、小学2年生「怒り地蔵」、小学3年生「はだしのゲン」、小学4年生「はだしのゲンⅡ」、小学5年生「火垂るの墓」、小学6年生「対馬丸」と今でも覚えているぐらいですから印象深かったのだと思います。ただ、小学生の頃は「怖い」という印象ばかりで「なぜ、この様な戦争が起こた」など考えませんでした。恐怖を植え付けられたのは確かですが、実際に戦争を考えるようになったのはもっと後の時代に色々なことを知って考えるようになったからです。

そうすると疑問点は、①「地元の戦争の惨禍について学ぶ機会が少ない」、②「世界各地の紛争や戦争について学ぶ機会が少ない」ことが不思議です。

これまでの平和学習は戦争の惨禍を学ぶことを中心にしていましたが、「戦争はなぜ起こったのか?」を考えさせる機会が少なすぎます。そのためには、多くの知識や資料を見て考える必要があり、決して答えがあるわけではありません。そして、その情報を更新しながら平和について自分なりの答えを探すことが大事といえます。実際に、色々な視点からの考え方や事実を学ぶことで1つの事柄も見方は変わってきます。1つの例として、1945年の日本の人口が7200万人であり、死者数は約310万人となり人口比で約4.3%が亡くなったことになります。でも、中高生にどれくらいの割合で太平洋戦争中に亡くなったかと質問すると20~40%になります。これは、死者数が思ったより少ないということが大事ではなく(*十分に多い)、事実とイメージな隔たりがあります。それは、B-29の映像は小学生の頃から頻繁に映像で見てきたため印象が強すぎるためです。

結果として、大事なのは事実をしっかりと学ぶことになります。そのため、教員などが偏った考え方を生徒に教えることで客観性を失わせることがあります。誰も戦争を望んでいません。それでも戦争や紛争が起きるには何か原因があるのではないかと考える必要があります。

修学旅行を学びの場と考えている学生はいるのでしょうか?それより、楽しいイベントとして考えていることが多いと思います。そのため、気分が浮かれている状態で戦争を学ぶことに意味があるのでしょうか?もちろん、修学旅行などの学校行事にしなければ自ら旅行先や体験をしないかもしれません。ただ、実際に私自身も戦争関連の調べものなどしていると気分は落ち込みます。そして、しばらく楽しい気分になることはありません。映像、文字、言葉だけでも現地に行かなくても調べ終わった後に尾を引くものです。そのように感じるからこそ戦争関連の施設や体験した後にすぐに切り替えられる生徒を見るのは嫌です。だからといって、1日中暗くなっている雰囲気の修学旅行も嫌です。それなら、修学旅行と平和学習を切り離しておくべきです。集団自決した場所や戦争の体験話を聞いていながら、午後からバナナボートや美ら海水族館を楽しめるならオン・オフの切り替えが早すぎます。

そのため、修学旅行は普段できない経験や体験をして楽しむことを目的にすべきです(*修学旅行も学ぶことが大事と主張しますが、現実的に遊びがメインなのが多数派で間違いありません)。それと切り離して平和学習で必要であれば沖縄や広島に訪れれば良いだけです。もし、予算や費用の問題があるとしても必然性があると感じるなら可能ではないでしょうか。

本当に平和学習をするなら客観的な事実を学びながら自分なりの答えを探していくことが大事です。そのためには偏った知識ではなく相反する複数の意見も考える必要があります。

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