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【大学受験対策】日本史・日本史探究~古代国家①継体天皇から崇峻天皇~

古代国家①継体天皇から崇峻天皇

はじめに

大学受験用の日本史・日本史探求を解説していきます。日本史は暗記科目ではなく、時代と関連させながら学習することで理解度を深めることができます。そのためには、やはり覚えるべき内容は覚える必要がありますが、「誰が」「いつ」「どこで」「なぜ」など関連付けながら覚えれば効果的に学習ができます。1つ1つ説明していきますので何度も復習して覚えてください。

日本史・日本史探究一覧

古代国家①

■ 継体天皇

これから天皇を時代順にある程度覚えていくことになります。天皇の名前を覚えることに意味がないと考えるかもしれませんが、天皇だけでなくその時代の出来事もセットで覚える必要があります。また、天皇を順番に覚えるというより、覚えるほど読み込む必要があるというだけです。そこまで学習をしないと難関私大などは厳しくなります。

まずは継体天皇からですが、天皇家は万世一系と言われていますが一番怪しい所が継体天皇になります。なぜなら、ヤマト政権かで後継者がいなくなったことで北陸から迎え入れらたのでうすが、大伴金村・物部麁鹿火によって擁立されて彼らは大連としての地位を固めましたが真偽がはっきりしません。そのため、大和国に遷都するまでに20年間を現在の枚方市・長岡京市・京田辺市を遷都していたことを考えれば当時から出自の怪しさはあったかもしれません。ただ、ヤマト政権の地盤強化をしたことにはなります。

出来事としては527年筑紫国造磐井新羅と結び反乱を起こしており、この乱自体は物部麁鹿火によって鎮圧され九州北部に屯倉が設置することになっています。そして、岩戸山古墳は磐井の墓とされていますが、謎なのが反乱を起こした人物が古墳をつくるほど権力を持っていたのかどうかです。この辺は謎が残ります。527年は(いじな磐井が反乱)で覚えましょう

参照:【大学受験対策】日本史・日本史探究~中国の歴史書と古墳時代~

■  安閑天皇→宣閑天皇

安閑天皇から宣閑天皇は目立った何かがないので覚えなくてもよいレベルかもしれません。ただ、難関私大では語群などに隠れていることもあるのでついでに覚えるくらいで問題ないでしょう。

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■ 欽明天皇

継体天皇を擁立して大連として地位を固めていた大伴金村が失脚するできごとがおきます。ヤマト政権の影響力があった伽耶4郡を百済に割譲した際に賄賂を受け取っていたことが露呈します。結果として物部氏や蘇我氏ヤマト政権の中心となります。ちなみに、伽耶を滅亡させたのは新羅なので間違えないようにしましょう。

また、百済から色々なものが日本に伝来します。五経博士儒学を日本に伝えています(医・易・暦も伝来)。また聖明王により仏教・経典が伝来していますが、いつ伝わったかは戊午年(538年)と壬申年(552年)に分かれています。538年は上宮聖徳法王帝説元興寺縁起に記載されており、552年は日本書紀に記載されています。これだけ百済から色々なものが伝わった要因に朝鮮半島では百済が新羅などの勢力におされているため軍事協力の思惑もあったかもしれません。ただ、仏教が日本に伝わると崇仏論争に発展して蘇我稲目物部尾輿が仏教受容をめぐる対立します。蘇我氏は大臣であり三蔵を管理しており財政面で考えても百済との結びつきは強化したい立場にあったでしょう。一方で、物部氏は大連として軍事面だけなく日本古来の神々も管轄していたので海外の神(仏)に拒絶感があっても当然かもしれません。ただ、仏教伝来を通してヤマト政権での二大勢力が対立を始めます。ちなみに、538年は「ゴミは朝に出す」552年は「ごごに届く」で覚えましょう。

■  敏達天皇 → 用明天皇  

この2人の天皇も入試では存在感は薄い方ですが用明天皇は聖徳太子の父親になります。そして、崇仏論争の決着がつきます。用明天皇の死後に蘇我馬子物部守屋を滅ぼしたことで蘇我氏がヤマト政権で絶大の権力を握ることができました。また、この戦いには聖徳太子も参戦しており必勝を祈願して難波の地に寺院を建立することを誓います。「では、この寺院はどこですか?」と質問すると法隆寺と答える生徒が多いですが、残念ながら間違いです。難波四天王寺になります。斑鳩にあるのが法隆寺になるので間違えないようにしましょう。文化史では両方の伽藍配置も覚えてもらいます。

 ■ 崇峻天皇

圧倒的に権力を持った蘇我馬子に不満を持っていることが密告されます。そのため、東漢直駒(東漢駒)により崇峻天皇は暗殺をされます。暗殺した彼自身も後に蘇我馬子の不興を買い殺害されています。そちなみに、東漢氏の祖は誰か覚えていますか?もし解らない様でしたら下記から確認しましょう。

参考:【大学受験対策】日本史・日本史探究~ヤマト政権と古墳文化~

結局、男性天皇であれば争いのもとになると考えた蘇我馬子は女性天皇である推古天皇を擁立することになります。女性や幼少の天皇を即位させるのは一時的な措置ですが、中には絶大な権力をもつ場合もあります。

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