
はじめに
高校入試対策として小テストを掲載しています。ランダムの問題となっているので1つ1つの問題に取り組みながら完成をしていきましょう。
①都市国家であるポリスを形成して民主政を行っていた都市は現在の何という国にあるか答えなさい
②古代の日本で土偶がつくられていたのは何時代か答えなさい
③672年に天智天皇が亡くなった後に後継者を巡り、天智天皇の弟と息子が争った戦いを何というか答えなさい
④794年に平安京に遷都した天皇は誰か答えなさい
⑤10世紀に力をつけた武士団が地方で大規模な反乱をおこす。関東でおこし自らを新皇と名乗った人物を答えなさい
⑥鎌倉時代に琵琶法師によって広められた物語は何か答えなさい
⑦室町幕府の将軍に次ぐ権力を握り、足利一門が継承した役職は何か答えなさい
⑧織田信長の経済政策として営業税を失くすなど商業を活発にしようとした政策を何というか答えなさい
⑨安土桃山文化で「唐獅子図屏風」など華やかな障壁画を描いた人物は誰か答えなさい
⑩江戸幕府で朝廷の監視を行っていた役職を答えなさい
⑪江戸時代に年貢の安定徴収を目的に定免法を採用したり、上米の制による財政確保を行った人物を答えなさい
⑫1825年に外国船の接近が増えたことから幕府は強硬な政策に出る。それは何か答えなさい
⑬1837年に大阪元町奉行所の役人が大規模な反乱を起こした。この人物を答えなさい
⑭1858年に朝廷の許可がないまま日米修好通商条約を締結した人物を答えなさい
⑮明治天皇が神に誓う形式で新しい政治方針を発表したものは何か答えなさい
①ギリシア
②縄文時代
③壬申の乱
④桓武天皇
⑤平将門
⑥平家物語
⑦管領
⑧楽市楽座
⑨狩野永徳
⑩京都所司代
⑪徳川吉宗
⑫異国船打払い令
⑬大塩平八郎
⑭井伊直弼
⑮五箇条の御誓文
①中学の歴史分野で古代文明に関しては4大文明が出題されやすいですが、注意が必要なのはギリシア文明とローマ文明になります。ギリシア文明はアテネなどで都市国家(ポリス)が成立したことで有名です。アテネに関してはオリンピックの期限となった場所以外に民主政が花開いた場所でもあります。特に、哲学の父であるソクラテスなどがいます。ローマ文明に関してはコロッセウムなどの建造物などを写真で確認しておきましょう。
②土偶は呪術的な遺物であり、豊作祈願や身代わり人形などで使用されたのではないでしょうか?有名な遮光器土偶以外にもいろいろな形をした土偶がありますが女性をかたどっています。出題方法としては写真で聞かれる場合もありますが、縄文時代・弥生時代・古墳時代などで正誤問題で聞かれる場合があります。そのため、土偶は縄文時代であることは必ず覚えておきましょう。
③672年の壬申の乱は古代国家の中で最大規模の跡継ぎ争いになります。天武天皇が亡くなる前に大海人皇子(後の天武天皇)は引退をして奈良県南部の吉野で生活をしていました。そして、天智天皇が亡くなると吉野で挙兵を行い、美濃(現:岐阜)や尾張(現:名古屋市)で兵を集め跡継ぎ争いに勝利をします。その結果、反対勢力に就いた豪族が処分されたことで天皇に権力が集中します。この頃に、大王から天皇の名称に変わります。ただ、単語だけでなく流れをしっかりと結んでください。「645年大化改新の始まり」→「663年白村江の戦」→「672年壬申の乱」→「天武天皇の即位」→「701年大宝律令」→「710年平城京遷都」と前後を結び付けましょう。
④794年に平安京に遷都したのは桓武天皇になります。奈良では聖武天皇が鎮護国家の思想で仏教の保護をしたことから仏教勢力の影響力が無視できないようになりました。そこで京都への遷都を決め、寺院の移転を禁止しました。当初は長岡京に遷都しようとしたのですが造営責任者が暗殺され混乱が起きたため北東の平安京に遷都することになります。
⑤平将門の乱(関東)と藤原純友の乱(瀬戸内海~九州)は中学生が苦手とする範囲になります。教科書では特に深く書かれていないためわかりづらいですが、平安時代中期に地方で大規模の反乱を起こした人物を問われれば関東であれば平将門、西国であれば藤原純友でまずは覚えましょう。詳しく言えば、平将門は平氏であり桓武天皇の血を引いています。ただ、当時の武士は土地争いなどを武力で鎮めていた存在程度であり地位は高くありません。ただ、中央貴族の地方への関心の薄さや寄進などによる土地争いの紛争が増加などで武士団の中には力をもつ者も成立しています。そして、平将門の乱や藤原純友の乱を鎮圧したのも中央貴族が派遣した武士団の力によるところが大きいこともあり、武士団の存在感を高めていくことになります。
⑥平家物語は鎌倉時代に琵琶法師によって広められた作品になります。「祇園精舎の鐘の声~」で有名な作品ですが、源平争乱の盛衰を描いています。また、鎌倉時代の文学作品とすれば鴨長明の『方丈記』、吉田兼好の『徒然草』、阿仏尼の『十六夜日記』、そして藤原定家らが撰者となった『新古今和歌集』も有名です。
⑦管領は室町幕府で将軍に次ぎ権力を持つ役職になります。そのため、管領は足利一門(細川、斯波、畠山)が代々継いでいくことになります。この様な幕府の組織は時代ごとに違うので管領という言葉を聞いたら室町時代を思い出すようにしましょう。
⑧楽市楽座は織田信長の経済政策として非常に有名です。要は、関所を撤廃して営業税の支払いを失くす代わりに自由競争を導入したことになります。そのため、既存の商人にとっては競争を強いることになりますが、経済が発展することで莫大な利益を上げることが目的です。
⑨狩野永徳の代表的な作品である「唐獅子図屏風」は写真を確認してください。安土桃山文化は大名や新興商人により派手な文化になります。襖絵も濃絵と呼ばれる金色に絵を描くことが特徴です。織田信長が上杉謙信に贈った「洛中洛外図屏風」も彼の作品になります。
⑩江戸時代に朝廷の監視を行ったのは京都所司代になります。これは、鎌倉時代の六波羅探題と混ざるので注意しましょう。それぞれの時代の制度(名前)はセットにして覚えましょう
⑪定免法や上米の制をしたのは享保の改革を行った徳川吉宗です。それまでの年貢の徴収方法は検見法と呼ばれ役人が作物状況を見て税を判断していたのですが、役人の不正を横行させることになります。また、収穫高により年貢の量が変わることは財政が安定しないために定免法で安定財政を目指します。また、上米の制は大名に1万石につき100石を上納させる代わりに参勤交代の江戸在府を半減しました。それほど財政的に厳しかったことがわかります。江戸時代は改革ごとに誰が何を行ったかをしっかりと把握しましょう。
⑫1792年に根室にロシア人のラクスマンが来航して以降、外国人が日本に接近を繰り返します。1部の外国人は無断上陸や薪水を奪うなどの狼藉を働いたこともあり、1825年に異国船打払い令を出して日本に接近する外国船を追い払おうとします。そのため、1837年に遭難した日本人を救出したアメリカ商船を攻撃したモリソン号事件が発生して幕府を批判する人々も出ます。ただ、1840年にアヘン戦争により清の状況をオランダから聞かされた幕府は天保の新水給与令を出して、燃料と食料を渡して穏便に帰ってもらう政策に切り替えます。
⑬1837年に大阪町奉行所の役人であった大塩平八郎が幕府に対して反乱を起こします。これは、幕臣ださえ反乱を起こしたことに衝撃を与えることになります。時代的には寛政の改革→天保の改革の間になります。
⑭1854年に日米和親条約を結んだ幕府ですが、天皇は開国に反対の状態で勅許を得ることはできませんでした。ただ、列強は通称を求めて幕府に圧力をかけたこともあり江戸幕府の大老であった井伊直弼が天皇の勅許なしに日米修好通商条約を1858年に調印します。それにより、日本は貿易が始まるわけですが最大の相手国はイギリスであり、輸出超過になります。一見すれば輸出超過のため良い様に見えますが国内の品不足がおこり物価が上昇して庶民や下級武士の生活が苦しくなります。そのため、不満を高める人々を処分したことで1860年に井伊直弼は桜田門外の変によって暗殺されることになります。
⑮五箇条の御誓文は天皇が神に誓う形式で新政府の方針を発表したもので形式的になります。庶民に対しては五榜の掲示で方針が示されましたが江戸時代と内容はそれほど変わりませんでした。そのため、当初はキリスト教も禁止されていました。